小樽クラシックカー博覧会
外国貿易港として栄え、北海道経済の中心を担っていた小樽。歴史の跡を感じさせる旧き佳き街並みが保存されている小樽。そんな小樽にクラシックカー博覧会が開催されて今年が五回目。かつて昭和48年型のローレルHT 2000SGX(通称ブタケツ)に乗っていた身としては、もしかしてこの車にお目にかかれるかも知れないという期待を持って行って見たが叶わなかった。
会場は小樽市総合博物館内。本館常設展示入館料400円を払って、館内の広場に行くと、往年の名車が、一堂に会していたが、この日(2011/8/28)はとても暑かったので、興味のある車だけに的を絞って見ることにした。
セリカGTはフォード・マスタング(右)のヒットにならって、1970年12月に発売された車で国産初のスペシャルティーカーと呼ばれた。これはDOHC1600ユニットを積んだ最上級モデルの1600GTかな。
こちらはギア時代のジウジアーロがデザインした事と流麗なスタイルで話題になったいすゞ117クーペ。いま見てもこのデザインは美しいと思う。私の周りにはこの車を乗り回している人がいなかったので、ドライブ旅行なんて無かったが、たまたまホームページ作成の仕事で行った先にこの車があったので、少し運転することが出来た。
駐車場内だったので、スピードを出せず、動力性能は分からなかった。
これはマツダ コスモ・スポーツ
小型軽量で、高出力と無類の滑らかさを誇るロータリーエンジンを搭載。その名前通り宇宙的なスタイルのボディに収めた2シータークーペ。
マツダRX-7もコスモ・スポーツ同様に軽量コンパクトかつ高性能というロータリーエンジンのメリットを最大限に生かしたスポーツカー。
一度は運転して見たかった車のひとつ。
クラシックカー定番のニッサン スカイライン2000GT-R。
このGT-Rはサーキットで1972年3月までに49連勝を含む通算50勝を達成し、スカイライン神話を確立したモデル。

このGT-Rでない普通のハコスカ「愛のスカイライン」は会社の友人が乗っていた時期があったので、何度か乗せてもらった。
 これより番外編
●裕次郎記念館
裕次郎記念館のエントランスホールに展示してある西部警察劇用車。
左よりスーパーパトカーマシンRS-TURBO(俳優さん使用)、スーパーバイクKATANA(舘さん使用)、フェアレディ280Z(渡さん使用)、ガゼール(裕次郎さん使用)。 画像をクリックで大きな画像(1,200px)

裕次郎記念館エントランスホールの西部警察劇用車正面

裕次郎記念館エントランスホールの西部警察劇用車後面

石原まきこ夫人による除幕式が行われたのは2011年6月15日とか。私がたびたび小樽に行って、「小樽観光」用の記事を書いていた2000年代には無かったわけだ。その当時、特別、裕次郎ファンでもない私は入館料を払ってまで館内を見る気は無かった。
それが、それこそ、ひょんな事で嘗ての同僚が夫人同伴で訪ねてきた。彼らの小樽観光のひとつに「裕次郎記念館」があったので、初めて館内に入ることになった。

館内に入ってみて初めて、西部警察劇用車の展示を知った。前に分かっていれば、これだけでも見に来たかも知れない。ここまでは無料で見られるが、この先は有料(1,500円)。その中に入って行くと先ず裕次郎の足跡を辿る上映があった。音はいいが、映像はセピア風、時代を感じさせる。その先で車に関係するのはベンツ、ロールスロイス・リンカーンが展示してるブース。撮影禁止なので、ここに出せないのが残念!

昔のポスターを見ながら、「この人は誰だ。」とか、知っている俳優の名前を見つけて、「ここに出ていたんだぁ。」とか、連れがいるとそれで会話が弾む。裕次郎ファンでなくても、仲間で行くと結構楽しめる施設と感じた。結局、今回は1時間くらい館内にいたことになる。
※場所は小樽築港駅から徒歩10分位(寒い時は駅から直ぐ海岸方面に出ないで、ウィングベイの中を端まで歩いて行った方がいいです。今回は寒い所を歩いたので堪えました。)
 ●車関係備忘録
 セリカと言う車をこれまで所有したことが無いが、一度だけ運転したことがある。このセリカがそうなのだが、グレードは1600STのほう。
高速を走っても、安定していたという記憶が残っている。1977年の事である。
写真は1977年奈良にて撮影
2000年5月江別市大麻で撮影
メモ:車の持ち主は車の販売、板金塗装やロードサービスなどを業務としている会社の社長であったが、この会社はもう存在していない。
メモ:1975年北海道一周のとき使った車がこのケンメリ スカイライン2000GT。東京から青森までは列車で行き、そこで友人の兄の車を借りて北海道を回った。
写真は1975年7月31日青森にて撮影
メモ: マイカーを持ちたいと思っても、月給がまだ8万円位の時だから、新車は無理、安い中古車が身の丈に合っている。そんな時、ロンドン出向になった友人から、たまたまサニーバンを無料で譲り受けたのが車生活の始まり。
・サニー1200ライトバン、次の車検のとき廃車。 1976年犬吠埼の近くで撮影。  

・コルトギャラン1400、車を維持できないと言う会社の同僚から車検代の10万で買った。
このポンコツ車で東北高速道路を140kmも出したのだから今思うと無謀だった。これも次の車検のとき廃車。1976年、世田谷区南烏山の駐車場にて撮影。
・トヨペット コロナ HT SL 現状渡しの5万円で川崎市の中古屋で購入。SUツインキャブに惹かれて買ったのだが、雨の日なんかエンジンのかかりが悪く苦労した。

1980年5月のゴールデンウィーク、大渋滞の東北高速道路経由で足尾銅山に向かう途中、坂道でエンジン回転を上げたら急にエンジン停止。
調べたらディストリビューターのコンタクトポイントが破損したらしい、2時間後に部品を持ってJAFが到着。ポイント交換でエンジンが始動した時は本当に嬉しかった。写真はJAF待ちのとき撮影したもの。
・ローレルHT 2000SGX(KHC130型)、1982年北海道層雲峡にて撮影
会社の同僚から40万円で購入。年式の割には走行距離が2万8000Kmと少なく程度は良かった。
1985年横浜市緑区恩田町の自宅にて撮影。
1990年レストア、80万円ほどかかったが、外観はほぼ新品同様になった。
L型6気筒ツインキャブエンジンのかかりはまずまずであったが古い車の為、ゴムホースが破れてエンジン辺りから湯気が飛び出したり、点火不良でマフラーからバンバンと言う音が出たり、下り坂でブレーキがきかなくなるトラブルに遭ったが、事故には至らなかった。 1994年相馬市の自宅駐車場で撮影。
ハンドルはパワステで無かったので、低速ではとても重く閉口した。またコーナリングも悪く足が突っ張った。
燃費は郊外で最大10Km/L位だが、市街走行だと大体5~6Km/Lほどと悪かった。
1995年40万円で長津田モーターズに売却。
クロノスは1991年、3ナンバーのミドルクラスセダンとしてデビュー。私は3年落ちのデーラー試乗車を1994年10月に仙台で購入。
試乗のとき出足の素早さに先ずビックリ、これはこれまでのローレルとは全くの別物であった。
価格も130万円と値ごろ感があったので、直ぐ決めた。
写真は2007年8月8日札幌さとらんど駐車場にて撮影
2008年10月26日、廃車の日、マンション駐車場で撮影。
外観上はまだまだ乗れそうだが、走行距離が10万キロを超え、これから何かと修理にお金がかかりそうなので思い切って廃車することにした。この車での走行トラブルは無く快適に走ってくれた。6気筒V型エンジンDOHCは静かで加速がとても良いので、山道も走りがいがあった。
現在は車なし生活続行中。
トラブルのほとんどが板金関係。屋根からの落雪でボンネットが凹んだことと、前の家の人に前部のバンパーをぶつけられた事とスーパーの駐車場でボディに穴を開けられたことなど結構多かった。
写真は2008年10月26日、石狩市の解体業者MATECにて。
このとき走行距離は10,6198Kmを指していた。このクロノスを買った時は17,610Kmだから、14年で88,588Km走ったことになる。なお、 燃費は郊外で最大12Km/L、市街地で7~8Km/Lだった(冬を除く)。
メモ:1977年オーディオ製品の修理のためロンドンに滞在していたとき、英国国際モーターショーに行った。その時、映画「007/私を愛したスパイ」(1977年)で3代目ジェームズ・ボンドのロジャー・ムーアが乗車した水陸両用車ロータス・エスプリが展示されていた。
憧れだった2座席オープンタイプのスポーツカー パンサー・J72。価格は£15,89とあるが、当時のレートの1ポンド450円で計算すると7,152,750円と出た。
メモ:
・ ロンドンでは日本食スーパーにんじん(Ninjin)に豆腐等の日本食を買いに行ったものだが、八百半進出で1998年6月に閉店したそうである。 場所は地下鉄GREAT PORTLAND STの近くだったと記憶している。
また日本レストラン北海(HOKKAI)はPICCADILLY CIRCUSで降りたが、これも1999年8月閉店。 これで思い出の店は今行ってもない事になる。
・1977年9月以降のレートは1ポンドで450円前後だったので、20ポンド紙幣は約1万円と言う感覚で買い物をした。
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